2008年04月16日
難しい
対人面での接し方に問題があるヒトも、なぜそのような接し方をするのか、なぜそんなにふてくされたような態度をすぐとるのか、その個々人がもつバックグラウンドがはっきりと垣間見れたと感じる瞬間から、なぜかそのヒトに対する自分なりの見解が変って行く事が多々あります.
ヒトは目でモノを見ますが、実際には、眼球の奥にある視神経によりとらえられた画像が視索という通路を通り、右目でとらえた画像や映像は(右視野)左側へ、左目は(左視野)右側へ交差し、間脳にある視床という部分の外側膝上体を経て、大脳皮質の後頭葉(大脳の後ろの部分)にある視覚野と呼ばれるところに伝えられます.
そして視覚野に伝わった情報は、その映像や画像を分析し、解析し、理解し、認識する視覚関連領野と呼ばれるところに伝わります.
そこには2つの情報伝達経路が存在していまして、後頭葉から頭頂葉(大脳のてっぺん部分)に伝わる経路と後頭葉から側頭葉(大脳の横の部分)に伝わる経路があります.
後頭葉→頭頂葉の経路では空間的な位置関係についての情報が、後頭葉→側頭葉の経路では物の形に付いての情報が処理されるといわれています.要するに、私たちが普段見ていると思っている映像は、大脳が外部から伝わってきた「視覚」という情報を元に作り上げている映像や画像なのです.
と、いう事は個々人で共通視しているであろう物質がコミュニケーション上「イコール」であったとしても、個々人ごとに異なる映像を思い浮かべている(とらえている)可能性も否定できない事になります(映画の「マトリックス」の世界もあながち虚構の話ではないのかもしれません).
このように、ヒトには、備わっている運動生理機能的な一律性は共通項として持っているものの、「モノのとらえ方」や「認識」という立場からは個人差が生じているということになります.つまりは、「この世の中に同じ脳を持つヒトは存在しない」のです(このことを”個性”と呼んでも良いと思っています).
また脳は大体”8歳”頃には、大人と同じ大きさにまで成長し、脳として完成します.つまり、成長が止まるのです.
それでは、脳の成長が止まれば、ヒトは学習することが出来なくなるのでしょうか?
答えは”NO”です.学習できます(脳を構成している20%の神経細胞と80%グリア細胞が死なない限り).
ヒトは、頭の先から爪先まで細胞で出来ています.この細胞のひとつひとつが神経と呼ばれる回路でつながっています.この神経回路は、生きていく間に増殖していきます.そうです.脳は、この神経回路を増殖していく事で学習していくのです.
こう考えると、変る事ができないヒトはいないことになり、ヒトは様々な形で学習し、常に個性を練り直しながら作り上げていくことができるのだということになります.
全く知らないヒトと始めて会話をする時など、知らず知らずの内に警戒してしまいます.
この時の”ファーストインプレッション”でその後の人間関係がややこしくなってしまう事もありますし、スムーズに行く事もあります.
人間関係がややこしい、めんどくさい、難しいと感じる理由のひとつに、一度ヒトの悪い面や受け入れがたい一面、そういった所を見てしまうとなかなか良い点が見えにくくなってしまうことが挙げられます.
でも第一印象が好くても悪くてもそれが後々未来永劫まで続いていく事は稀です.ヒトの印象は変って行くのですから.
これらの事は、非常に大人社会的な(?)連帯性の中で生じてきた問題であると認識していましたが、マスコミを通じて耳に入ってくるニュースなどから今の世の中を見ると、もっともっと若い幼い世代にもその影を落としているように感じます.
どのようにすればヒトは変って行くのかなんて絶対的な方法は確立されていませんし、無いと言ってもいいと思います.
でも、でも、でも、ヒトは必ず変って行く要素を持っています.
全てのヒトは、変えることのできる共通のアイテムを生まれた時からもっているのですから.
しかし、ヒトは、自分自身の考え方ひとつ、モノのとらえ方のバリエーションを増やしていく事だけでも、思考パターンを変換できるとわかっていても、なかなか自分で信じている事や思い込んでいる事を変えていく方向に目を向けて行く事は至難の業です.
私も、自分が感じたヒトの印象でそのヒトの善悪や相性の良さを決めていたような時がありました.
「ヒトなんて、ある程度の歳になれば変る事は絶対にない」なんて事も考えていた時もありましたし、「生理的に受け付けないヒト」を作り上げてきたような気がします.
「サヨナラ、サヨナラ、サヨナラ」で有名だった映画評論家の淀川長冶さんは、自分の人生観、人間観について、よく次の様に語っていたそうです.
「私はいまだかつて嫌いな人に会った事がない.好きになる事がどんなに人を助けるか私は知っている」
「ウエルカム・トラブル、苦労来たれ、苦労が人間を強くするんだ。悲しいなぁ辛いなぁと泣いたことがある人が偉いんだ」
”好きになる事がどんなに人を助けるか私は知っている”って胸を張って言えたらな・・・・・って思います
”悲しいなぁ辛いなぁと泣いたことがある人が偉いんだ”・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ヒトの気持ちが汲み取れるようになりたいです
ヒトは目でモノを見ますが、実際には、眼球の奥にある視神経によりとらえられた画像が視索という通路を通り、右目でとらえた画像や映像は(右視野)左側へ、左目は(左視野)右側へ交差し、間脳にある視床という部分の外側膝上体を経て、大脳皮質の後頭葉(大脳の後ろの部分)にある視覚野と呼ばれるところに伝えられます.
そして視覚野に伝わった情報は、その映像や画像を分析し、解析し、理解し、認識する視覚関連領野と呼ばれるところに伝わります.
そこには2つの情報伝達経路が存在していまして、後頭葉から頭頂葉(大脳のてっぺん部分)に伝わる経路と後頭葉から側頭葉(大脳の横の部分)に伝わる経路があります.
後頭葉→頭頂葉の経路では空間的な位置関係についての情報が、後頭葉→側頭葉の経路では物の形に付いての情報が処理されるといわれています.要するに、私たちが普段見ていると思っている映像は、大脳が外部から伝わってきた「視覚」という情報を元に作り上げている映像や画像なのです.
と、いう事は個々人で共通視しているであろう物質がコミュニケーション上「イコール」であったとしても、個々人ごとに異なる映像を思い浮かべている(とらえている)可能性も否定できない事になります(映画の「マトリックス」の世界もあながち虚構の話ではないのかもしれません).
このように、ヒトには、備わっている運動生理機能的な一律性は共通項として持っているものの、「モノのとらえ方」や「認識」という立場からは個人差が生じているということになります.つまりは、「この世の中に同じ脳を持つヒトは存在しない」のです(このことを”個性”と呼んでも良いと思っています).
また脳は大体”8歳”頃には、大人と同じ大きさにまで成長し、脳として完成します.つまり、成長が止まるのです.
それでは、脳の成長が止まれば、ヒトは学習することが出来なくなるのでしょうか?
答えは”NO”です.学習できます(脳を構成している20%の神経細胞と80%グリア細胞が死なない限り).
ヒトは、頭の先から爪先まで細胞で出来ています.この細胞のひとつひとつが神経と呼ばれる回路でつながっています.この神経回路は、生きていく間に増殖していきます.そうです.脳は、この神経回路を増殖していく事で学習していくのです.
こう考えると、変る事ができないヒトはいないことになり、ヒトは様々な形で学習し、常に個性を練り直しながら作り上げていくことができるのだということになります.
全く知らないヒトと始めて会話をする時など、知らず知らずの内に警戒してしまいます.
この時の”ファーストインプレッション”でその後の人間関係がややこしくなってしまう事もありますし、スムーズに行く事もあります.
人間関係がややこしい、めんどくさい、難しいと感じる理由のひとつに、一度ヒトの悪い面や受け入れがたい一面、そういった所を見てしまうとなかなか良い点が見えにくくなってしまうことが挙げられます.
でも第一印象が好くても悪くてもそれが後々未来永劫まで続いていく事は稀です.ヒトの印象は変って行くのですから.
これらの事は、非常に大人社会的な(?)連帯性の中で生じてきた問題であると認識していましたが、マスコミを通じて耳に入ってくるニュースなどから今の世の中を見ると、もっともっと若い幼い世代にもその影を落としているように感じます.
どのようにすればヒトは変って行くのかなんて絶対的な方法は確立されていませんし、無いと言ってもいいと思います.
でも、でも、でも、ヒトは必ず変って行く要素を持っています.
全てのヒトは、変えることのできる共通のアイテムを生まれた時からもっているのですから.
しかし、ヒトは、自分自身の考え方ひとつ、モノのとらえ方のバリエーションを増やしていく事だけでも、思考パターンを変換できるとわかっていても、なかなか自分で信じている事や思い込んでいる事を変えていく方向に目を向けて行く事は至難の業です.
私も、自分が感じたヒトの印象でそのヒトの善悪や相性の良さを決めていたような時がありました.
「ヒトなんて、ある程度の歳になれば変る事は絶対にない」なんて事も考えていた時もありましたし、「生理的に受け付けないヒト」を作り上げてきたような気がします.
「サヨナラ、サヨナラ、サヨナラ」で有名だった映画評論家の淀川長冶さんは、自分の人生観、人間観について、よく次の様に語っていたそうです.
「私はいまだかつて嫌いな人に会った事がない.好きになる事がどんなに人を助けるか私は知っている」
「ウエルカム・トラブル、苦労来たれ、苦労が人間を強くするんだ。悲しいなぁ辛いなぁと泣いたことがある人が偉いんだ」
”好きになる事がどんなに人を助けるか私は知っている”って胸を張って言えたらな・・・・・って思います
”悲しいなぁ辛いなぁと泣いたことがある人が偉いんだ”・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ヒトの気持ちが汲み取れるようになりたいです
Posted by tokan at 03:02│Comments(0)│TrackBack(0)
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